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湧川基史ほか Botulinum Toxin type A による腋窩多汗症の治療

湧川基史*,藤山美夏*,吉田貴子*,
安藤巌夫*,高梨真教**

要旨

 Botulinum toxin type A(BTX-A)は,Clostridium botulinumによって形成される神経毒の1種であり,アセチルコリンの分泌を阻害することで神経筋接合部の活性を麻痺させる作用を持つ.その作用を生かし,欧米を中心に眼瞼痙攣,斜頚,表情皺,腋窩・掌蹠多汗症などの治療に用いられ,非常に有効な成績を残しているが,本邦では多汗症にBTX-Aを用いた報告はいまだなされていない.我々は,BTX-Aを用いた腋窩多汗症の治療効果について検討した.腋窩多汗症患者20名にBTX-A (DysportR)を片側腋窩に50 unit (U) ずつ合計100 U皮内注射し,治療前と治療1ヶ月後の発汗量について桜井・Montagna発汗試験紙を用いて検討した.また,一部の患者については片側のみの治療とし,治療3カ月後までの発汗量について治療側,未治療側で比較検討した(half-side test).その結果,治療後の発汗量は全例で低下し,治療1カ月後の汗面積は平均で約6分の1にまで減少した.治療3カ月後の治療側での汗面積は,7例中4例では著明な発汗減少を保っていたが,2例においては再燃がみられた.ほとんど全例において,注射時の痛みがみられた以外,とくに副作用はみられなかった.以上より, BTX-Aは,腋窩多汗症の治療に大変有効な薬剤であることが確認された.

はじめに

多汗症は,全身性多汗症と局所性多汗症に大別される.そのうち,局所性多汗症はほとんどが誘因となる基礎疾患を有さない特発性であり,どちらかといえば精神性発汗によって腋窩や掌蹠などに限局して発汗が亢進している状態である ).したがって,局所性多汗症は温熱刺激がなくても汗の分泌が亢進していることが多い1).局所性多汗症の好発部位である腋窩は精神性発汗と温熱性発汗の共存する特殊な環境下にあり,生理的多汗状態の者を含めると,潜在患者数はかなり多いことが推測される.
腋窩多汗症の治療としては,10-20%塩化アルミニウム水溶液など局所制汗剤の外用 ),イオントフォレーシス ),抗コリン剤やマイナートランキライザーの内服 ),脂肪吸引による汗腺除去 ),交感神経節切断術 , )などが試みられている.しかし,現実的には,効果が不十分であったり,副作用が強く,治療に難渋する例が多い , ).とくに交感神経節切断術はHorner症候群や気胸を起こす危険を伴う.したがって,簡便でより効果的な治療法が求められているのが実状である.
Botulinum toxin type A(以下,BTX-A)は,Clostridium botulinumによって形成される神経毒の1種であり,アセチルコリンの放出を阻害することで神経筋接合部の活性を麻痺させる作用を持つ ).その作用を生かし,欧米を中心に眼瞼痙攣,斜頚,表情皺,腋窩・掌蹠多汗症などの治療に用いられ,非常に有効な成績を残している10).
汗腺とその神経支配については,非常に複雑であるが,エクリン腺は交感神経支配であるがコリン作動性であるとされる ).一方,アポクリン腺はアドレナリン作動性説,あるいはアドレナリンとコリンの二重神経支配説があり,見解は一定ではない11).また,思春期の腋窩には,形態的にはアポクリン腺の形態を示すがエクリン腺のように皮表に開口しているアポエクリン腺の存在が知られている )が,アポエクリン腺の神経支配も主にコリン作動性であり,分泌能はエクリン腺の7倍と考えられている ).したがって,アポエクリン腺が思春期以降の腋窩における発汗亢進に少なからず関わっていると考えられ,アポエクリン,エクリン腺の両者を支配するコリン作動性神経の働きをBTX-A投与にて阻害することは発汗の抑制につながることが推測される.
今回我々は,腋窩多汗症患者に対してBTX-Aを用いた治療を行い,非常に有効であったので,過去の海外の報告に若干の考察を加えて報告する.

対象と方法

1. 対象
対象は,過去1年以内に我々の施設を受診した特発性腋窩多汗症患者20人(男4人,女16人,年齢 20−55歳).病歴,臨床所見,検査データより,全身性多汗症が否定しえた患者.本治療を受けるにあたり,欧米の文献を参考に,予想される効果と副作用について詳しく説明し,文書で承諾の得られた患者のみを対象とした.

2. 発汗テストおよび投与プロトコール
腋窩の汗をふき取って乾かした後,桜井・Montagna発汗試験紙 )を患部に2分間密着させた.この試験紙にはブロフェノールブルーが含まれており,汗に含まれるOH基に反応して青色に変色する性質を持つ14).
 20人の患者(片側投与を行った者7人,両側13人)の合計33部位の腋窩において,BTX-A 50 unit (以下,U)の投与を行い,治療前と1カ月後の発汗量について検討した.また,片側のみ投薬を行った7人については,治療前と1カ月後,3カ月後の発汗量について両側腋窩にて比較検討した(half-side test).

3.薬剤の投与方法
 腋窩の発汗テストにて発汗が認められた部位に1〜1.5cmの間隔で約30〜50箇所にBTX-A (DysportR, 英国Ipsen社) 計50 Uを皮内注射した(図1).

4. 効果判定,統計解析
発汗で変色した試験紙をスキャナを用いてパソコンに取り込み,画像処理ソフト 'NIH image'を用いて検出された汗点の面積を測定した ) (図2).
治療前後の汗面積の変化を,治療後汗面積 / 治療前汗面積 x 100 (%) で表示し,個別の汗面積の改善率を,(1 - 治療後汗面積 / 治療前汗面積) x 100 (%) で表示した.汗面積が治療前の30%以下(改善率70%以上)を「著効」,30?50%(改善率50?70%)を「有効」,50?70%(改善率30?50%)を「やや有効」,70%以上(改善率30%以下)を「無効」とした.
1カ月後までの治療成績は,治療前後の汗面積についてpaired t test にて比較し,p<0.05をもって有意とした.Half-side testにおける3カ月後までの治療前後の汗面積はWilcoxon signed-ranks testにて比較し,p<0.05をもって有意とした.

結果

1. 1カ月後までの治療成績
投与3〜4日以内には全例で発汗量の低下がみられた.治療前の汗面積は3686.2±1621.0 mm2であったが,治療1カ月後では 597.0 ± 635.0 mm2と,約6分の1にまで縮小し,治療前後で有意差が認められた.改善率は平均81.6±17.5 %で,個別にみると「著効」26部位,「有効」4部位,「やや有効」3部位,「無効」0部位であった(図3).

2. 3カ月後の治療成績,half ?side test
患者7人の片側腋窩における汗面積は,1カ月後が16.4±11.7%(改善率83.6±11.7%)であったのに対し,3カ月後が45.8±39.4%(改善率54.2±39.4%)であり,1,3カ月後ともに治療前に比べて有意な汗面積の縮小がみられたものの,3カ月後では治療効果の減弱がみられた.個別にみると,1カ月後では7例中6例が「著効」,1例が「有効」であったのに対し,3カ月後には「著効」4例と減少し,「やや有効」1例,「無効」2例のレベルまで低下していた.効果がみられなくなった2例については再投与を行い,経過観察中である.無治療側の汗面積は1カ月後94.9 ± 19.8%(改善率5.1± 19.8%),3カ月後93.6 ± 28.1%(改善率6.4 ± 28.1%)と汗量はむしろ減少傾向にあったことや,ほとんどの例で30%以内の変動率であったことから,無治療側における代償性の発汗増加はないと判断した(図4).

3. 副作用について
ほとんど全例において,注射時の痛みがみられたが,それ以外はとくに副作用はみられなかった.


考按

今回我々は,腋窩多汗症の患者に対し,BTX-Aを用いた治療を行い,3カ月後までの効果について観察した.治療1カ月後までの効果は全例でみられ,33部位中26部位において「著効」(改善率70%以上)であった. 治療3カ月後まで観察し得た7例中,4例では依然「著効」を保っていたが,2例においては「無効」(改善率30%以下)のレベルまで再燃しており,その時点で2回目の治療を要した(図4).
BTX-Aは,コリン作動性神経終末からのアセチルコリンの分泌を抑制する作用をもつ.BTX-Aはheavy chainとlight chainがSS結合する構造となっており,heavy chainが神経終末の膜に接合した後陥入し,light chainが神経終末内のアセチルコリン小胞に結合することによって小胞からのアセチルコリンの放出を阻害する ).汗腺に存在する筋上皮は構造上,腺細胞の基底膜部にはまりこむ形で腺細胞と基底膜の間に存在する.筋上皮はもともと,汗を腺腔から導管へ押し出す役割を持っているという考えもあるが,そうではなくむしろ基底細胞の基底側形質膜の襞の間隙を広げ,間質液の腺細胞への取り込みに関わるとの説が有力である ).したがって,BTX-Aによって筋上皮の機能が麻痺すれば,汗の産生自体を抑制することになる.
現在のところ,BTX-Aは英国Ipsen社の DysportRと米国Allergan社のBotoxRが製品化されている.過去に欧米で報告されている腋窩多汗症に対するBTX-Aの有効単位数をみると,腋窩に対するBTX-Aの投与はDysportRで50〜250U , , , ),BotoxRで50〜200U , , )が使われている(表1).1UのBotoxRの力価は3〜5UのDysportRと同等と考えられている ).単位を増やすことで副作用の頻度の上昇は報告されてないが,今回の検討では, 50UのDysportRが有効であったGlogau et al22)の報告と,欧米に比べて小柄な日本人の体格を考慮して,片側50U(DysportR)とした.BTX-Aの単位数と有効率については一定の見解がまだ得られておらず,Heckmannらは,腋窩多汗症においてDysportRを片側ずつ100Uと200U使用し,6カ月後の効果はどちらも再発率が3分の1以下であり,有意な差はみられなかったとしている19)が,逆にKaramfilovらはBotoxRを200Uと比較的高い単位数で用いて,再発率は15カ月目で17%と,他の報告例よりも効果持続期間が長いことを示している24).至適単位数に対する検討は今後さらに症例の集積が必要となろう.
我々の検討では,副作用は注射時の局所の痛みしかみられなかった.過去の報告では,頭痛,肩部の筋痛,代償性の発汗増多といった報告がある19)が非常にまれである.掌蹠に対する検討では,手指の筋力低下が起こりうることが報告されている )が,腋窩については運動筋の機能がさほど重要でないため,心配は少ない.自験例でも局注時の痛みはほぼ全例で訴えがあったが,他にはみられなかった.代償性の発汗増多については今回のhalf-side testで非投与側の発汗増多はほとんどみられていなかったことから,今回の研究では否定的である.また,腋窩多汗症に合併しやすい腋臭症は,今回の研究では数例でみられたのみであり,正確なデータはないが患者の自覚では腋臭症の改善はみられなかった.
その他,BTX-A投与で問題となるのは,BTX-Aに対する抗体産生が起こりうることである.多汗症に対する検討ではまだ報告されてないが,高単位のBTX-Aの投与によって後に追加投与した場合に効果がなくなることが報告されている ).抗体の産生を避けるためには,BTX-Aの1回量を100U (BotoxR) までとすること )や,1カ月以内の反復投与を避けること28)などが言われているが,BotoxR 100U以内であれば,反復投与しても問題ないとの報告もある ).この問題についても,一定の見解はまだなく,今後検討する必要があろう.
結論として,腋窩多汗症に対するBTX-Aの投与は安全性が高く,非常に有効であると考えられる.至適単位数については,今後検討する必要がある.

この論文の要旨は,第100回日本皮膚科学会総会・学術大会にて発表した.